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大河ドラマ「麒麟がくる」最終話 あらすじ&感想【ネタバレ】

 

どうも、うめたろうです。

大河ドラマ「麒麟がくる」最終話「本能寺の変」は、2月7日の放送予定です。

「麒麟がくる」最終話のあらすじ&感想です。

 

キャスト

明智光秀(あけちみつひで):長谷川博己

玉(たま):芦田愛菜

藤田伝吾(ふじたでんご):徳重聡

明智左馬之助(あけちさまのすけ):間宮祥太朗

斎藤利三(さいとうとしみつ):須賀貴匡

織田信長(おだのぶなが):染谷将太

帰蝶(きちょう):川口春奈

森蘭丸(もりらんまる):板垣瑞生

羽柴秀吉(はしばひでよし):佐々木蔵之介

黒田官兵衛(くろだかんべえ):濱田岳

細川藤孝(ほそかわふじたか):眞島秀和

細川忠興(ほそかわただおき):望月歩

徳川家康(とくがわいえやす):風間俊介

足利義昭(あしかがよしあき):滝藤賢一

近衛前久(このえさきひさ):本郷奏多

正親町天皇(おおぎまちてんのう):坂東玉三郎

望月東庵(もちづきとうあん):堺正章

駒(こま):門脇麦

伊呂波太夫(いろはだゆう): 尾野真千子

菊丸(きくまる):岡村隆史

 

大河ドラマ「麒麟がくる」最終話「本能寺の変」あらすじ(ネタバレ)

明智光秀は、信長から叱責を受け、饗応役を解任された。

四国の長曾我部氏との取次役を任されていた明智光秀。

織田信長は、明智光秀に相談もなしに、四国討伐を決定してしまう。

 

明智光秀は、織田信長の行き過ぎた態度を諫めようとする。

しかし、織田信長からある命令を突き付けられたのである・・・。

 

大河ドラマ「麒麟がくる」最終話「本能寺の変」感想

 

「麒麟がくる」最終話「本能寺の変」が、放送されました。

 

饗応役を解かれた明智光秀の前に、織田信長が現れます。

織田信長が明智光秀に怒りを見せたのには、理由がありました。

その理由は、徳川家康がどう出るかを見るためでした。

 

織田信長は、招待される徳川家康が、饗応役を決めたことに腹が立っていました。

あぜんとする明智光秀に織田信長は、四国の長曾我部を討つことを命じます。

明智光秀は、四国の長曾我部と身内同様の縁があります。

 

相談もせずに四国討伐を決めた織田信長に不信感を抱く明智光秀。

さらに、織田信長は明智光秀にあることを命じます。

その命令とは、「鞆の浦にいる足利義昭を殺せ」とのことでした。

 

毛利には、将軍を保護しているという大義名分がある・・・。

織田信長は、その大義名分である将軍を殺してこいと命じました。

 

「将軍がいるから、わしの戦は終わらぬ・・・」

「将軍を殺せ!そなたの役目じゃ!」

 

京の館にて、一人で何かを考えている明智光秀。

明智光秀は、織田信長との会話の続きを、思い出します。

織田信長は、以前、明智光秀と共に、戦がない世をつくることを約束しました。

 

しかし、現状は戦ばかり・・・。

「将軍を討てば、それが終わる・・・」

「二人で茶でも飲んで暮らさないか」

 

明智光秀は、織田信長に答えました。

「私には・・・、将軍は討てませぬ!」

明智光秀は、織田信長の命令を拒否しました。

 

 

明智光秀のもとに、細川藤孝親子とお玉が会いに来ました。

明智光秀と細川藤孝と二人きりで話をすることに・・・。

明智光秀は、将軍を討てとの命令を断ったと、細川藤孝に打ち明けます。

 

「信長様には再び、説得し、納得いただく・・・」

細川藤孝は、「うまくいくでしょうか」と、明智光秀に尋ねます。

 

以前、一緒に織田信長を止める覚悟があると言った細川藤孝。

そんな細川藤孝に対して、明智光秀は言います。

「今でも、その覚悟はおありか?」

 

細川藤孝は、明智光秀に聞き返しました。

「覚悟とは・・・、どれほどの覚悟でございましょう・・・?」

 

明智光秀は、その問いに答えました。

「覚悟には、果てはありませぬ・・・」

 

その場を離れた細川藤孝。

細川藤孝は、なにかあるかもしれないと思い、羽柴秀吉に使いを出しました

 

 

明智光秀は、娘のお玉と話をしています。

お玉は、細川藤孝の息子・忠興に、妻として可愛がられていました。

二人の仲が良い話を聞く明智光秀。

 

お玉は、父上が戦で亡くなったら、後を追うと考えていました。

しかし、今では、夫である細川忠興の後を追うと決意しています。

「命が二つあればいいのに・・・」と、お玉は呟きます。

 

そんなお玉に、明智光秀が声を掛けます。

「そなたは、忠興殿と長く生きよ・・・、そのためにわしは戦って見せる」

 

天正10年の5月、明智光秀は丹波に入ります。

明智光秀は愛宕山を訪れ、織田信長とのやり取りを思い出していました。

 

織田信長に対して、帝の譲位や家臣たちの扱いが間違っていると指摘をする明智光秀。

明智光秀は、昔の織田信長について語ります。

 

昔は、多くの民を喜ばせ、家臣を大事に育てた・・。

心優しき人であり、人の心がわかるお方であった・・・。

「殿は、変わられた・・・、戦の度に変わってしまった」

 

織田信長は、明智光秀に答えます。

「わしを変えたのは戦か・・・、違う!」

「わしの背中を押したのは誰じゃ・・・、そなたであろう!」

 

自分が変わったのは戦のせいではなく、明智光秀によって変わったと言います。

さらに、明智光秀が将軍を討たないなら、自分が将軍を討つと言います。

「わしが一人でやる・・・、わしが世をつくる!」

 

織田信長は、明智光秀の力を借りずに、一人で世を治めることを決めます。

「戦のない世をつくる」という約束をした二人の想いは、ここで別れることになります・・・。

5月29日、織田信長は、安土城から京都の本能寺に入ったのでした。

 

 

丹波亀山城では、明智光秀が家臣たちを集めていました。

明智光秀の前には、明智左馬之助、藤田伝吾、斎藤利三がいます。

愛宕山でお告げを聞いた明智光秀は、家臣たちに語りだしました。

 

「我らは備中には行かん・・・、京へ向かう」

家臣たちは「京のいずこへ?」と、聞きます。

 

すると、明智光秀は、静かに口を開きました。

「本能寺・・・、我が敵は本能寺にある!」

「その名は・・・、織田信長と申す!!」

 

「信長様を討ち、心ある者と手を携え、世を平らにする・・・」

明智光秀は、鞘から刀を取り出し、その場に刀を置きました。

 

そして、家臣たちに言います。

「わしが間違っていると思うなら、この太刀でわしの首を刎ねよ・・・」

「今すぐ刎ねよ!」

 

明智光秀の覚悟を聞いた藤田伝五が言います。

「殿・・・、皆思うところは同じでありますぞ!」

そして、三人の家臣は礼をして、「光栄でございます」と声を揃えました。

 

 

その夜、明智光秀のもとに、徳川家康の忍びである菊丸が現れました。

菊丸は、徳川家康から「十兵衛殿を守れ」と命じられたと言います。

明智光秀が、織田信長を討つことを知っている菊丸。

 

そんな菊丸に、明智光秀は今の心境を語りだしました。

明智光秀は、この戦は「自分一人の戦」だ、と言います。

 

「ただ、戦に勝ったあとは、家康殿の力を借り、共に天下を治めたい」

「200年、300年と続く、政(まつりごと)を行ってみたい」

「もし、この戦に敗れたら、あとを頼みたいとお伝えしてくれ・・・」

 

明智光秀は、堺にいては危ないと徳川家康を心配します。

「新しき世になったおり、また会おうぞ!」

明智光秀は、菊丸に言い終えると、徳川家康に向けて書いた手紙を渡しました。

 

6月1日の夜、明智光秀の軍勢は、亀山城を出発しました。

 

 

一方、備中国にいる羽柴秀吉の本陣では・・・。

羽柴秀吉が家臣の黒田官兵衛と共に、細川藤孝からの手紙を読んでいました。

 

羽柴秀吉は、黒田官兵衛に言います。

「明智様が信長様に、はむかう恐れがある・・・」

「やればよいのじゃ・・・、明智様が上様をやれば面白い」

 

羽柴秀吉は、毛利など相手にしている場合でないと考えます。

高松城での戦いをすぐに片づけて、帰る支度をすると黒田官兵衛に言いました。

「明智様が、天下をぐるりと回してくれるわい・・・」

 

最終回で初登場の黒田官兵衛。

セリフは、「はっ!」の一言だけでした・・・。

 

 

1582年、6月2日早朝・・・。

明智光秀は、本能寺を取り囲みました。

明智光秀の号令とともに、明智軍が本能寺に突撃します。

 

眠りについていた織田信長は、その音で目を覚ましました。

小姓の森蘭丸たちが、軍勢が取り囲んでいることを知らせに来ました。

織田信長は、「何処の軍勢だ」と尋ねます。

 

森蘭丸は、「水色桔梗の旗印・・・、明智殿の軍勢です!」と答えました。

「十兵衛か・・・」と呟く織田信長。

その瞬間、織田信長の体に、矢が突き刺さりました。

 

一旦、奥に下がった織田信長は、口を開きます。

「十兵衛、そなたが・・・、はっはっはっ!」

「そうか・・・、はっはっはっ!」

 

織田信長は、涙を浮かべながら、笑っています。

さらに、自分の血を舐めて呟きました。

「であれば、是非もなし・・・」

 

突き刺さった矢を引き抜き、刀を持ち、戦場に戻る織田信長。

織田信長は、槍や弓矢で明智兵を次々と、なぎ倒します。

しかし、圧倒的多数の明智軍。

 

織田信長の体に、鉄砲が撃ち込まれました。

たまらず奥に下がった織田信長は、森蘭丸に言います。

 

「わしはここで死ぬ・・・、ここに火をつけろ!」

「わしの首は誰にもわたさぬ・・・、わしを焼き尽くせ!」

 

明智光秀は、炎が上がった本能寺を見つめていました。

初めて織田信長を見たことや、共に語り合った日々を思い出します。

 

炎につつまれる織田信長・・・。

炎を見つめる明智光秀・・・。

ついに、織田信長は、本能寺にて自害を果たしました。

 

炎が消えた本能寺・・・。

藤田伝五は、二条御所にいた信長の息子・織田信忠の死を明智光秀に報告します。

本能寺のがれきを掘り起こし、検分をしますかと尋ねる藤田伝吾。

しかし、明智光秀は「もうよかろう」と言い、その場を引き上げます。

 

 

明智光秀のもとに、伊呂波太夫が駆けつけました。

伊呂波太夫は、明智光秀に声を掛けます。

 

「きっとこうなると、思っていました・・・」

「帝も喜びでしょう・・・、明智様なら、美しい都を取り戻してくださると・・・」

明智光秀は、伊呂波太夫に美しい都をつくることを約束します。

 

さらに、明智光秀は、駒殿に伝えてほしいと言います。

「必ず、麒麟がくる世にしてみせると・・・」

「麒麟は、この明智十兵衛光秀が、必ず呼んでみせると!」

 

越中国にいた織田信長の家臣・柴田勝家は、身動きがとれないままでした・・・。

明智光秀と友好のあった細川藤孝と筒井順慶は、沈黙を貫き通しました・・・。

徳川家康は、伊賀を越え、自国である三河国に帰りました・・・。

 

明智光秀は、織田信長を倒し、ついに天下を獲りました。

しかし、その天下も、一瞬で終わります・・・。

 

羽柴秀吉は、驚異の速さで京へ戻り、山崎の地で明智光秀と戦います。

そして、明智光秀は、羽柴秀吉に敗れたのでした・・・。

 

本能寺の変から3年・・・。

京の御所では、帝と望月東庵がすごろくをしていました。

 

帝は、望月東庵に向かって言います。

「武家の棟梁が立ち上がっては、世を動かし、去って行く」

「世が平らかになるのはいつのことであろう・・・」

 

 

足利義昭のもとに、駒が訪ねてきました。

駒は、これから毛利の小早川隆景のもとに、薬を渡しに行くと言います。

 

足利義昭は、羽柴秀吉についた小早川隆景のことを志がない男と言います。

「わしは大嫌いだったが、信長には志があった」

「明智十兵衛には、はっきりと志があった」

 

駒は、明智光秀が生きているという噂があると言います。

実は、丹波の山奥に潜み、立ち上がる日に備えていると言う・・・。

 

 

京の町を歩く駒。

すると、そには明智光秀らしき人物が・・・。

 

駒は「十兵衛様」と叫びながら、その人物を追います。

あとを追いましたが、そこには誰もいませんでした。

 

 

大きな野原に、馬を走らせている人物。

その馬に乗っている人物は、明智十兵衛光秀であった・・・。

 

完。

 

ついに、明智光秀は本能寺の変を起こし、織田信長を討ち取りました。

戦の度に変わってしまった織田信長・・・。

明智光秀は、そんな織田信長を許すことができませんでした。

 

明智光秀は、愛宕山で、織田信長を討つことを決意します。

家臣たちに打ち明けた場面は、とてもかっこよかったです。

「これぐらいの覚悟が俺にはある」と家臣に伝えていました。

 

「戦のない世」を、共につくると約束した二人。

しかし、織田信長とでは、それができないと悟った明智光秀は、本能寺の変を起こします。

 

織田信長は死の直前、何を思ったのでしょうか・・・。

「俺の代わりに、やって見よ、十兵衛・・・、戦のない世をつくってみよ・・・」

もしかしたら、織田信長には、このような想いがあったのではないでしょうか。

 

明智光秀は、「200年、300年と続く政(まつりごと)をしてみたい」と、菊丸に語っていました。

この政(まつりごと)は、のちに徳川家康が成し遂げることになります。

徳川家康はきっと、菊丸からこの言葉を聞き、明智光秀の意志を受け継いだ・・・。

 

織田信長と明智光秀のもとには、麒麟がくることはなかった。

その後、豊臣秀吉のもとには、麒麟は来ましたが、長くは続きませんでした。

本当に「麒麟が来た」と言える世は、徳川家康の江戸幕府でしょう。

 

天海となった明智光秀は、徳川家康と共に麒麟を呼んだのかもしれません・・・。

と言うことで、麒麟の世は、2023年の大河ドラマ「どうする家康」に託されました(笑)。

 

ついに、一年間つづいた「麒麟がくる」が、終わってしましました。

今回の大河ドラマは、明智光秀が初の主人公と言うこともあり、当初から話題性がありました。

私の周りでも、今まで大河ドラマを見たことがない人が、「麒麟がくる」の放送を見てました。

 

今までの明智光秀のイメージは、「あの織田信長を裏切った者」程度でした。

しかし、今回の大河ドラマをきっかけに、明智光秀を改めて調べたり、ゆかりの地を巡りました。

そのような中で、明智光秀の人生を知り、明智光秀の凄さを再発見しました。

 

名門土岐氏に生まれ、足利将軍の側につき、織田信長の右腕として戦国の世を渡り歩いた武将。

明智光秀の人生は、この先もきっと、後世に語り継がれていくことでしょう・・・。

最後に、一年間「麒麟がくる」のブログにお付き合い頂き、ありがとうございました。

 

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