史跡巡り

【愛宕神社・水尾】京都府・兵庫県史跡巡り②【明智光秀ゆかりの地】

どうも、うめたろうです。

今回の史跡巡りは、京都府と兵庫県に行ってきました。

 

前回、明智越を無事越えたうめたろうは、水尾の町に出ました。

水尾の町を歩いて、そこから愛宕神社を目指します。

 

水尾(みずお) ゆずの里

 

明智越の出口から少し登ると、水尾の町に出ました。

水尾は、古くからキレイな水が湧く場所で、「水の尾」と記されていました。

また、京と丹後を結ぶ要所として栄えました。

 

 

平安初期に活躍した、清和(せいわ)天皇に愛された地でもあります。

清和天皇は、陽成(ようぜい)天皇に譲位した後、仏道修行で訪れた水尾の里を気に入ります。

 

そして、この里を終焉の地と決め、水尾に隠棲しました。

水尾山には、清和天皇のお墓もあります。

 

 

また、水尾はゆずの里としても有名です。

愛宕山の伏流水と寒冷な気候風土により、水尾のゆずは香りが高く、人気があります。

また、ゆず風呂に入れるお店もあります。

 

 

こちらは、清和天皇社(せいわてんのうしゃ)です。

水尾の里の氏神である、清和天皇を祭神としています。

 

 

水尾の最初の氏神である、四カ所の神が祀られています。

四所(ししょ)神社が、摂社としてありました。

 

 

珍しい形をした石碑を発見しました。

何と書いてあるのでしょうか・・・。

 

 

扉が厳重に閉まっています。

中には何があるのでしょうか・・・。

 

 

神社を出たうめたろうは、愛宕山の入り口を目指します。

「徒歩2時間」と、書いてあります。

長い戦いになりそうです・・・。

 

 

愛宕神社の看板がありました。

「山の上との温度差は十度ある」

「動物と植物と仲良く」

「自分で責任を持ち登りましょう」

 

愛宕神社(あたごじんじゃ)

 

浄水所の隣に、登山口がありました。

ついに入り口です・・・、少し緊張します。

 

 

愛宕山の案内図がありました。

愛宕神社の一番定番な道は、清滝(きよたき)からの表参道のようです。

今回は、明智越からだったため、水尾参道から登ります。

 

 

時刻は、11時20分・・・。

愛宕神社を目指して、登山開始です。

 

 

ひたすら、坂道を登り続けます。

周りは木が茂っており、景観はずっと一緒です・・・。

 

 

途中に休憩場所は一切なく、歩き続けます・・・。

清滝からの表参道は、途中に休憩小屋があるようです。

休憩スポットがある分、表参道の方がよさそうですね。

 

 

水尾のマップがありました。

愛宕神社から降りてくる人が、見るのでしょうか。

 

 

延々と続く坂道・・・。

ちなみに、他の登山者は誰もいなく、一組の下山者とすれ違っただけです。

ひたすら、孤独に登ります・・・。

 

 

雪が少し積もっています。

ちょうど、この週だけ、気温が低くなりました。

雪のため、足元が滑り、歩くのがしんどい・・・。

 

 

「水尾分かれ休息所」に到着!!

ここで、清滝の表参道と合流です。

 

この休息所を見つけた時は、ホント嬉しかった・・・。

一時間以上歩き続けて、やっと座れたので・・・。

 

 

疲れすぎて、20分ぐらい休憩をしてしまいました。

さらに、体が冷えてきました・・・、寒い・・・。

 

地上の温度と違い、かなり温度が低いようです。

ここから愛宕神社まで、約30分かかります・・・。

 

 

ハナ売り場を発見。

昔は、水尾の女性が、毎日この場所で花を売っていたようです。

 

 

黒門(くろもん)に到着しました。

かつて愛宕山にあった、白雲寺(はくうんじ)の総門です。

 

愛宕山は、神宮寺の白雲寺が実権を握っており、神仏習合の山でした。

この黒門は、白雲寺の名残のひとつです。

 

 

黒門をくぐり、ひたすら石段を登りました。

この道が一番、しんどかったかも・・・。

 

境内に到着したのは、13時30分

かかった時間は、途中の休憩を入れて、約2時間でした。

辺りは、一面の雪景色でした。

 

 

自販機が、二台ありました。

値段は、山の値段で少し高めです・・・。

 

 

社務所の隣にある休憩所で、一旦休みます。

昼飯も食べておらず、お腹もかなり減っていました。

 

朝にコンビニで買ったスニッカーズが、リュックにあることを思い出す。

人生で食べたスニッカーズで、間違いなく一番おいしかった・・・。

 

 

愛宕信仰が厚かった戦国武将の伊達政宗(だてまさむね)。

伊達政宗の家臣に、片倉小十郎景綱(かたくらこじゅろうかげつな)という武将がいました。

大坂夏の陣へ出陣の際、伊達政宗は片倉小十郎景綱に、愛宕山白雲寺に戦勝祈願をさせます。

 

戦で軍功を立てた片小十郎景綱は、その後、白雲寺に絵馬を奉納しました

愛宕の神の使者であるイノシシに、愛宕太郎坊天狗が乗っています。

 

この実物は、愛宕神社の本殿裏手に掲げられています。

愛宕神社の若宮社には、復刻絵馬が展示されています。

 

 

愛宕神社境内の全体図です。

明治時代の神仏分離令までは、境内に五坊六院が建っていました。

 

現在は、本殿と社務所が残るのみです。

明智光秀が連歌の会をした威徳院(いとくいん)の場所は、特定されていないようです。

 

 

本殿までは、結構な石段が続きます。

体力ゲージはとっくにゼロなので、この石段がかなりしんどかった・・・。

 

 

本殿前の鳥居です。

やっと、ここまで来れた・・・。

 

 

こちらは、本殿です。

愛宕神社は、火伏せ、防火に霊験のある神社です。

三歳までに参拝すると、一生火事に遭わないと言われています。

 

 

どうやら、本殿の一部の修復工事をしているようです。

この手前に、薪ストーブの休憩所がありました。

 

 

明智光秀は、愛宕神社(白雲寺)にあった威徳院で、愛宕山百韻の有名な歌を詠みました。

「時は今 あめがした知る 五月かな」

また、明智光秀はおみくじを三回引いて、三回とも凶がでたという逸話もあります。

 

 

凍える寒さで、お腹も空き、体力も限界突破のうめたろう。

動画も写真をもっと撮りたいが、もはやその気力がない・・・。

暗くなったら一発アウトなので、早々に下山することにしました。

 

目指すは、保津峡駅・・・。

水尾にある自治会のバス停を目指して、下山を開始しました。

 

 

ノンストップで下山し、自治会のバス停に着きました。

下り坂はとてもすべり、足に負担がかかりました。

ひたすら、ジグザグさせながら降りました。

 

 

こちらは、バスの時刻表です。

ちょうど、15時35分のバスに乗ることができました。

料金は、大人250円でした。

 

 

JR保津峡駅から、亀岡駅まで戻ります。

乗車時間は、7分程です。

 

 

景色が良いですね~。

トロッコ列車にも、乗ってみたいです。

 

 

亀岡駅に到着しました。

コインパーキングに停めてある車に戻ります。

 

ここから、福知山市にあるホテルに向かいました。

高速道路を使って、1時間15分ぐらいで到着です。

 

 

今回、宿泊したのは、「つかさホテル」です。

GOTOトラベルを使用し、二泊でなんと、7410円!

めちゃくちゃ、安いですね~。

 

 

部屋もキレイで、この値段なら大満足です。

久々に、浴衣のタイプの部屋着を着ました(笑)。

 

おわり・・・

京都・兵庫の史跡巡り、初日の終了です。

明智越まで余裕をかましていたうめたろう・・・。

愛宕山の登山によって、体力が崩壊しました。

 

今までの山城でしんどい思いをしたのは、一体何だったのかと思うレベルでした。

間違いなく、史跡巡り史上・・・、一番の試練でした。

明智光秀・・・、やばすぎっ!!

 

あとで調べたら、「愛宕山の登山は、初心者にはちょうどいい」と、書いてありました。

改めて、登山が趣味の方は、すごいなと思いました・・・。

 

今回の敗因は、明智越と愛宕神社をセットにしたことですね。

うめたろうのような体力がない人は、絶対一緒にしない方がいいですね・・・。

 

しかし、愛宕神社には、もう一度リベンジをしたいです。

あまりの疲れと寒さで、明智光秀の思いに全く浸れなかった・・・(笑)。

本能寺攻めを決めた時、どんな思いだったのか・・・。

 

こうゆう妄想をしたかったのですが、そんな余裕が全くなかった。

写真や動画も満足したものが撮れず・・・。

今度は表参道から登り、リベンジしたいと思います!

 

史跡巡り二日目は、丹波の城に行く予定でしたが・・・。

其の三に続く・・・。

 

明智光秀の本能寺の変についてはこちら

明智光秀ゆかりの地【本能寺の変】

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