史跡巡り

【坂本城跡・明智塚】滋賀県の史跡巡り④【明智光秀ゆかりの地】

どうも、うめたろうです。

滋賀県史跡巡り、二日目の後半です。

比叡山飯室谷の長寿院で、明智光秀生存伝説を確認したうめたろう。

 

次に向かったのは、明智光秀の本拠地となった坂本城跡です。

まずは、長寿院から車で15分のところにある坂本城址公園です。

 

坂本城址公園(さかもとじょうしこうえん) 明智光秀の像 滋賀県大津市

 

坂本城址公園は、無料の駐車場が完備しています。

10台ほど駐車可能ですが、平日に関わらず、多くの車が停まっていました。

 

 

こちらは、坂本城跡の全体図と説明板にです。

この公園から少し歩くと、坂本城の本丸跡や二の丸跡があります。

 

 

明智光秀の銅像。

明智光秀が詠んだと伝わる歌。

明智光秀の業績の碑。

 

 

昔に訪れた時も、思いましたが・・・。

相変わらずの、ずんぐりむっくりの明智光秀です(笑)。

もう少し、カッコよくできたんではないか・・・。

 

 

こちらは、鳥羽一郎が歌う「光秀(おとこ)の意地」の石碑です。

光秀と書いて「おとこ」と読む・・・、男の中の男、それが明智光秀!!

結構、古い曲かと思ったら、2007年に発売された曲でした・・・。

 

 

このボタンを押すと、曲が流れます。

三番まで全て流れるので、押し逃げせずに、全部聞きましょう・・・。

 

 

琵琶湖が目の前に!!

琵琶湖にタッチできちゃいます。

 

 

こちらは、七本柳鳥居(山王鳥居)です。

毎年4月14日に、日吉大社の山王祭が開催されます。

その時に、ここから神輿を船に乗せる船渡御(ふなとぎょ)が行われています。

 

 

公園を堪能したうめたろうは、坂本城本丸跡に向かいます。

公園前の歩道に、桔梗紋(ききょうもん)がありました。

 

坂本城本丸跡(さかもとじょうほんまるあと) 滋賀県大津市

 

現在、坂本城本丸跡には、株式会社キーエンスの研修所が建っています。

私有地ということで、普段は入ることができません。

 

 

私有地のすぐ隣に、「石垣見学ルート」という細い道があります。

そこから、本丸跡の石垣があるスポットに行けます。

 

 

石垣があると言っても、坂本城の石垣が見えるのは、琵琶湖の渇水時だけです。

写真の湖の下に、石垣が隠れています。

残念ながら、うめたろうが行ったときは、見ることはできませんでした。

 

 

突き当りに、説明パネルが建っていました。

渇水時の写真も、掲載されていますね。

 

 

現在、普段は立ち入り禁止区域に、入ることができます。

大津の「光秀大博覧会」の企画のひとつとして、指定日に場所を開放しています。

詳しくはこちら

https://otsu.or.jp/mitsuhide/news/114

 

 

普段入ることができないと思うと、テンションがあがります。

実は、本丸跡の指定日に合わせて、今回の日程にしました。

 

 

こちらは、桟橋です。

現在も使用されているのでしょうか?

 

 

1571(元亀2)年、明智光秀は、坂本の地に坂本城を築城しました。

宣教師ルイスフロイスは、坂本城について言及しています。

「豪壮華麗なもので、安土城につぎ、明智の城ほど有名なものは天下にない」と記述しています。

 

 

坂本城の規模や構造などの詳細は、詳しく判明していません。

当時の記録から、琵琶湖に面していた水城、大天守と小天守があったことは判明しています。

坂本城の発掘調査では、坂本城の落城時に被災した瓦なども見つかっています。

 

坂本城二の丸跡(さかもとじょうにのまるあと) 滋賀県大津市

 

こちらは、坂本城二の丸跡です。

本丸跡から、歩いて3分ほどの場所にあります。

 

 

ひっそりと、住宅街に説明板と石碑が建っています。

番傘風のポールが、印象的です。

 

 

こちらは、二の丸跡のすぐ近くにある東南寺の境内です。

うめたろうが訪れた時は、すでに入口が閉まっていました。

 

明智塚(あけちづか) 坂本城の城内 滋賀県大津市

 

こちらは、明智塚です。

明智塚は、本丸跡から徒歩2分の場所にあります。

 

 

明智塚がある場所は、坂本城の城内と推定されています。

明智塚の由来には、明智光秀の脇差・郷義弘(ごうのよしひろ)を埋めた場所と伝わります。

また、明智一族の墓所があった場所とも伝わります。

 

 

現在は、私有地の方が管理しています。

綺麗に管理されており、歴史ファンとして大変ありがたく感じます。

 

 

建物と家の間の狭間にあるので、探すのに迷いました。

まさか、こんな道路沿いにあるとは思わなかったです・・・。

 

盛安寺(せいあんじ) 光秀ゆかりの寺 滋賀県大津市

 

坂本城本丸跡から、徒歩15分のところに、盛安寺(せいあんじ)があります。

駐車場が見つからず、坂本城址公園に車を停めて、歩きました。

 

 

こちらは、明智光秀の供養塔です。

盛安寺は、明智光秀の祈願所となっていたため、「明智寺」とも呼ばれていました。

 

 

こちらは、太鼓櫓です。

敵の急襲を知らせた恩賞として、光秀から賜った「明智の陣太鼓」が置いてあります。

現在、明智の陣太鼓は、大津市歴史博物館に展示中です。

 

おわりに・・・

今回は、坂本城跡周辺を巡りました。

明智城址公園に車を停めて、周辺を歩くのがおススメです。

 

明智光秀の城と言えば、坂本城・・・。

坂本の地は、近江と山城を結ぶ、交通の重要な場所でした。

重要な拠点を預かった明智光秀は、やはり織田信長に信頼されていのでしょう。

 

山崎の戦いで敗戦した明智光秀は、坂本城を目指しますが、襲撃に会い、命を落とします。

その後、坂本城は秀吉軍により落城し、明智一族は滅亡しました・・・。

坂本城の資材は、大津城に使用され、坂本城は廃城となりました。

 

現在、坂本城の遺構は、残念ながら琵琶湖の下に埋まっています。

遺構は少ないですが、明智光秀が見た景色を見れました。

明智光秀は坂本城から信長の城・安土城を、どのような想いで、眺めていたのでしょう・・・。

 

第五弾につづく・・・。

-史跡巡り

© 2021 歴史の未来ブログ Powered by AFFINGER5