史跡巡り

織田信長ゆかりの地 岐阜城史跡巡り【岐阜県岐阜市】

どうも、うめたろうです。

今回の史跡巡りは、岐阜県岐阜市を訪れました。

岐阜市と言えば、岐阜城が有名です。

 

織田信長は岐阜城を拠点とし、天下統一を目指しました。

また、岐阜城以前は稲葉山城と称し、斎藤道三の拠点のお城でもありました。

岐阜城下を流れる長良川では、斎藤道三と斎藤義龍による「長良川の戦い」の戦場地となりました。

 

今回は、岐阜城をメインに、その周辺を巡ってきました。

現在、岐阜公園に併設する「岐阜市歴史博物館」の2階で、大河ドラマ館が開催中です。

また、一階では特別展も開催しており、貴重な品々を見ることができます。

 

立政寺(りゅうしょうじ) 織田信長と足利義昭会見の地

 

 

最初に立ち寄ったのは、立政寺(りゅうしょうじ)です。

立政寺は、織田信長と室町幕府第15第将軍・足利義昭(あしかがよしあき)が会見した場所です。

織田信長の伝記である「信長公記(しんちょうこうき)」にも登場しました。

 

 

境内には、足利義昭が住居としていた正法軒(しょうぼうけん)がありました。

現在は、跡形もないですが、石碑が建っています。

足利義昭は織田信長を頼りに、越前国からこの地に来ました。

 

二人の会見のお膳立てをしたのが、明智光秀と伝わります。

この地に二人がいた・・・、そう思うだけで興奮を抑えきれません。

まさしく、歴史が動いた場所です。

 

鷺山城跡(さぎやまじょうあと) 斎藤道三の隠居の城

 

次に向かったのは、鷺山城(さぎやまじょう)跡です。

鷺山城跡の麓には、北野神社が建っています。

北野神社の境内に、斎藤道三(さいとうどうさん)の慰霊碑がありました。

 

 

北野神社に駐車場があると、情報を仕入れていたのですが、見当たらない・・。

近くの鷺山公民館に声をかけ、駐車場に停めさせてもらいました。

公民館が小学校の敷地内にあるので、このご時世、かなり入りづらかった(笑)。

 

 

鷺山公園の入り口から、上まで登ることができます。

ここからお城の石碑があるところまで、約15分ほどかかりました。

意外と急な段差が多かったので、結構疲れました。

 

 

鷺山城は、美濃国の守護・土岐頼芸(ときよりのり)の居城でした。

「美濃国諸旧記」では、土岐頼芸を追放した斎藤道三は、隠居の地として、鷺山城を選びました。

また、娘の濃姫はここから織田信長に嫁いだので、「鷺山殿」と呼ばれていたと伝わります。

 

 

鷺山城は、斎藤道三が息子・斎藤義龍に討たれた為、廃城となりました。

鷺山城跡の頂上からは、岐阜城が微かに見えました。

斎藤道三も、ここから稲葉山城の様子を見ていたのでしょうか・・・。

 

道三塚(どうさんづか) 斎藤道三の墓

 

鷺山城跡から車で6分程行くと、道三塚(どうさんつか)があります。

駐車場がないとのことだったので、近くの長良川球場の有料駐車場に停めました。

よく見たら、一台なら停めるスペースはありました。

 

 

斎藤道三と斎藤義龍の「長良川の戦い」で、斎藤道三は命を落とします。

斎藤道三の首を挙げたのは、もと道三の家臣・小牧道家(こまきみちいえ)と言います。

 

小牧道家は、長良川に晒された道三の首を密かに奪い、長良川の地中に葬りました。

首塚は、たびたび長良川の洪水に遭い、現在の場所に移されました。

 

 

うめたろうが訪れた時、一人の男性が来て、お参りしていました。

「美濃のマムシ」と言われた斎藤道三は、戦国ファンに人気がありますね。

大河ドラマ「麒麟がくる」での、もっくんの迫力もすごかったです。

 

濃姫遺髪塚(のうひめいはつづか)【西野不動尊】 帰蝶のお墓

 

道三塚から車で10分ほどのところに、濃姫遺髪塚(のうひめいはつづか)があります。

西野不動尊(にしのふどうそん)は織田信長により、現在の場所に移ったと伝わります。

 

 

西野不動尊の目の前に、織田信長の正室・濃姫のお墓があります。

伝承によると、本能寺の変で、織田信長と共に討死した濃姫。

家臣の一人が濃姫の遺髪を持って、この地に逃れて埋葬したと伝わります。

 

空襲により、一時は焼失しましたが、昭和50年に碑文が見つかり、再建したようです。

こうゆう伝承って、ロマンがあって個人的には好きです。

 

常在寺(じょうざいじ) 斎藤道三の菩提寺

 

岐阜公園の駐車場に、車を停めたうめたろう。

次の目的地である常在寺(じょうざいじ)に向かいます。

常在寺は、岐阜公園から徒歩で10程で着きます。

 

 

常在寺は、斎藤道三の菩提寺です。

斎藤道三が美濃にいた頃、常在寺の住職は日運上人でした。

 

日運上人の仲により道三は、斎藤家に出入りすることができます。

その後の活躍のきっかけをつくったのが、ここ常在寺でした。

 

 

本堂内に入ることができ、無人の受付箱に150円を置いて入ります。

本堂内は撮影禁止ですが、斎藤道三や斎藤義龍の複製肖像画が展示されていました。

また、大河ドラマ「国盗り物語」の台本などが展示してあります。

 

 

境内にある斎藤道三の供養碑です。

斎藤道三の四男・日饒(にちじょう)、五男・日覚(にっかく)は、常在寺の住職になっています。

斎藤家にゆかりの深い常在寺。

 

斎藤道三ファンなら、絶対に訪れる場所ですね。

しかし、あまりの静けさに、本堂に入れないと思い、そのまま帰りそうになりました・・・。

 

岐阜城(ぎふじょう) 織田信長、斎藤道三の城

 

次の目的地は、本日のメインイベント、金華山(きんかざん)にそびえたつ岐阜城です。

平日だったので、一番近い岐阜公園の第一駐車場に停めることができました。

土日祝日は、すぐに埋まり満車になるようです。

 

 

岐阜公園の入り口に建つ、若き日の織田信長像です。

弓を手に持ち、馬を駈けています。

カッコイイ・・・、躍動感が伝わってきます。

 

 

現在、岐阜公園内にある岐阜市歴史博物館の1階では、「麒麟がくる」の特別展が開催されています。

また、2階では、「麒麟がくる」の大河ドラマ館の開催をしています。

 

実は、うめたろうが、どうしてもこの日に来たかったのは、この特別展が目的でした。

この日が最後の展示だった、明智光秀の肖像画の本物を見るためでした。

 

大河ドラマ館と特別展示の感想はこちら

大河ドラマ館「麒麟がくる」岐阜会場 感想

続きを見る

 

 

早速、岐阜城の天守を目指します。

岐阜城には、もちろん、歩いて登ることができます。

うめたろうは考えました・・・。

 

確か、新しいもの好きであった信長公・・・。

信長公に合わせて、南蛮の技術を使おうじゃありませんか!!

 

 

すみません・・・、色々巡った後のうめたろうの体力は、もう限界です!!

岐阜城だけの訪問なら、登れましたよ☆

体力ある人は、ぜひ、登城体験を!

 

 

ロープウェー乗り場で、もっくんの斎藤道三がお出迎えです。

結構、リアルに作られていました。

「麒麟がくる」の放送中だけの展示でしょうか。

 

 

ロープウエーの往復料金は、大人ひとり1100円です。

迷わず片道ではなく、往復の券を買ったうめたろう・・・。

運行時間は、15分おきに出発します。

 

 

乗っていた時間は、約5分ぐらいでした。

久々に、ロープウェーというものを乗った気がします。

普段、あまり乗る機会がないので、楽しかったです。

 

 

頂上に着いたうめたろうは、まず、お昼ご飯を食べます。

「いや、天守目指さんのかいっ!」って声が聞こえてきそうです。

しかし、うめたろうは腹が減って死にそうなのです。

 

展望レストラン「ル・ポンドゥ・シェル」にお邪魔しました。

 

 

メニューは、信長どて丼、光秀みそかつ丼、道三ケイちゃんなどなど・・・。

戦国武将にあやかったメニューがあります。

道三ケイちゃん・・・・、なんか、かわいい(笑)。

 

 

うめたろうが選んだのは、・・・・信長どて丼!!

過去にB級グルメグランプリを受賞したとのこと。

 

牛と豚のホルモンを岐阜味噌でじっくりと煮込んである。

味噌はコクがあり、ホルモンの歯ごたえは抜群でした。

 

 

店内からは、長良川が一望できます。

景色を楽しみながら、信長どて丼をおいしく食べたうめたろうでした。

ごちそうさまでしたー。

 

 

腹ごしらえをしたうめたろうは、天守を目指して歩きます。

一の門から岐阜城に突入です。

平日にもかかわらず、多くの観光客がいました。

 

 

第一の撮影スポットに到着です。

まずは、ここで写真を撮りましょう。

なんか、岐阜城が白い・・・。

 

 

石段を登り続けます。

結構、しんどくなってきました。

ロープウェーを使ったのにもかかわらず・・・、きつい・・・。

 

 

第二の撮影スポットです。

こちらは、いい感じに撮れました。

 

斎藤道三時代のお城は、「稲葉山城」と呼ばれていました。

斎藤道三は、信長の父・織田信秀の侵略をこの稲葉山城から、幾度となく防いできました。

 

織田信長は、稲葉山城を岐阜城と改め、岐阜城を天下統一の拠点とします。

この地で「天下布武」を掲げ、その後、大活躍をします。

 

 

ついに、岐阜城に入城します。

岐阜城の入場料は、大人ひとり200円です。

受付でコロナ対策のため、住所と名前を記入し、入場しました。

 

 

 

岐阜城の最上階の天井に、麒麟(きりん)がいました。

入城したうめたろうは、一気に最上階まで登ります。

 

お城に登る人は、2パターンに分かれますよね?

一階から順番に見ていくタイプと、一気に最上階まで登って、降りながら見るタイプ。

どちらのタイプが多いのでしょうか・・・。

 

 

そこには、絶景が待ち構えていました。

城下町に流れる長良川がまた、いいですね。

織田信長や斎藤道三も、ここからの景色を見たと思うと、感慨深いです。

 

 

岐阜城命名450年を記念して、制作された南蛮具足です。

なにやら、戦国無双に出てきそうな甲冑です。

 

 

これは、京都の総見院に安置された信長の肖像彫刻の複製です。

歴史の教科書で見たことあるかも・・・。

この複製品、結構でかかったです。

 

 

川口春奈さんの帰蝶(きちょう)を発見。

帰蝶も岐阜城に居たのでしょうか。

「麒麟がくる」の帰蝶は、本能寺の変で信長と共に戦いそうですよね。

 

 

天守のすぐ横には、岐阜城の資料館があります。

資料館なのに、資料はなかったです(笑)。

撮影スポットや、信長の絵画の展示がありました。

 

 

大河ドラマ「国盗り物語」で、織田信長を演じた高橋英樹さんがモデルのようです。

この信長は、強そう・・・。

刀じゃなくて、剣で戦いそうです。

 

 

岐阜公園に戻ってきたうめたろうは、織田信長居館跡に来ました。

織田信長居館跡では、現在も調査が続いているようです。

当時の織田信長の居館を研究されています。

 

 

これが、当時の信長の館を再現したCG図です。

なんと、立派な居館でしょうか・・・。

 

庭園や滝などもあり、まさに殿様が住むところ、という感じがします。

岐阜城の居館でこれだったら、安土城の居館はもっとすごかったと想像できますね。

 

 

濃姫の部屋なども推測されており、これからのさらなる調査に期待したいです。

しかし、この居館を実際に再現してほしい・・・。

 

 

その後も、岐阜公園内を散歩しました。

これは、大正天皇の即位を祝う事業として建設された三重塔です。

朱色が鮮やかで、近くで見ると、とてもきれいでした。

 

川原(かわら)町 城下町を歩く

 

岐阜公園を出て、周辺を散歩しました。

城下町であった川原(かわら)町です。

川原町は、長良川流域の拠点として栄えました。

 

 

伝統的な町家が、古き良き日本の雰囲気を醸し出しています。

時間が遅かったので、お店には入れませんでした。

時間がある時に、ゆっくりと買い物も良いですね。

 

 

長良川沿いには、鵜飼観覧船乗り場がありました。

ここで観覧船に乗り、鵜飼を楽しむことができます。

 

 

長良川の近くまで、歩いてきました。

岐阜城から見た長良川も素敵でしたが、近くで見るとまたいいものです。

 

この長良川で、斎藤道三と斎藤義龍の親子で戦った「長良川の戦い」が起きました。

親子同士で戦うのは、何ともせつない・・・。

帰ったら親孝行をすることを誓った、うめたろうでした。

 

おわりに・・・

今回の岐阜城の訪問は、人生で三回目でした。

小学生の頃、家族と岐阜にいる親戚で訪れました。

お城のことは全然覚えてないけど、金華山の頂上にあるリス園で遊んだのを覚えています。

 

二回目は、歴史に興味を持ち始めた大学生の頃。

司馬遼太郎の「国盗り物語」を読んだばかりのうめたろう。

「ここが歴史の舞台か!」と感動した記憶があります。

 

そして、今回の三回目。

現在、放送中の大河ドラマ「麒麟がくる」で、注目を浴びている岐阜城。

史跡は、盛り上がっているときに訪れると、また一段と楽しいです。

 

人は普段より多いけど、閑散としているよりは、いいような気がしました。

斎藤道三、明智光秀、織田信長と人気がある武将のゆかりの地である岐阜県。

歴史好きにはたまらなく、魅力的な場所です。

 

まだ、岐阜城に行ったことない人は、ぜひ、行ってみてください。

行ったことがある人も、盛り上がっている期間にもう一度行ってみることをお勧めします。

今度は、ちゃんとロープウェーを使わずに、岐阜城に登りたいと思います・・・。

 

GoToトラベルキャンペーンを使って、歴史の旅に出かけよう!

-史跡巡り

© 2021 歴史の未来ブログ Powered by AFFINGER5